前野重雄著『川崎球場一部始終 客は幾万来なくとも』(サードアイ出版、2010*1)

かつてのロッテ球団・川崎球場を描いた1冊。時代的にいうと、1986年から、1988年10・19、1989年村田兆治200勝、1990年村田引退あたりが主なところ。
自費出版本のため、誤植の類が尋常ではなく多い。しかし知られざるエピソードの数々は、それを考慮してもなお読まれるべきだといえる。

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中心人物は小松洋。後楽園を本拠とする「ナミウリバリアンツ」にドラフト6位で入団。しかし肩を痛めてしまい、ロッテのスコアラー見習いとして新たな人生をスタートさせる。その小松と選手たちとのかかわりを綴ったのが本書なのだが、私ははじめ、この小松は実在するのかと思って読んだ。または仮名で誰かがモデルになっているのか、と。
ところが著者の日記*1によると、そうではなかった。この本はもともと、『週刊少年ジャンプ』の「小説・ノンフィクション大賞」入選作品がもとになっている。その入選に際してのインタビューが日記に掲載されているのだが、ここに孫引きしたい。
「当事者が言った言葉だけでは通じないので、解説してくれる役で小松という架空の人物を起用したんです」
なるほどと感心させられる。小松という人物を置かなかったら、説明ばかりでしつこい作品になっていただろう。著者はいいアイデアを思いついた。

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ここに書かれているのはすべてがすべて興味深いエピソードなのだが、やはりひとつあげるなら10・19か。第1戦の近鉄勝ち越し打、そしてその後の試合間にロッテベンチ裏でおこっていたこと、梨田と高沢の対比……。夢を打ち砕きし者たちの心情がいかなるものだったのか。世間に流布した美談に対抗して、事実を書き残しておきたいという著者の強い決意を感じた。

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あと個人的に面白かったのが、西武球場について話*2。当時西武はパで人気球団だった。しかし、シーズン席は売れているにもかかわらず空席だらけ。そこで西武は対策を打つ。8回裏になると、出欠状況をチェックをしたのだ。
西武は会社の力でシーズン席を押し付けていた。形だけで付き合ってるのか、あるいは本当に応援してくれているのか。それを見極めるねらいが、この出欠確認にはあったそうだ。
となれば購入企業も誰かしら人を座らせておく。最初は興味がなくても、何度かきているうちに野球へ惹かれていった……。そんな話。
シーズンシートの空席問題は、西武ドームとなった現在も存在している。いまはもう出欠で圧力をかけるのは無理だろうが、多く出席した優秀者には、翌年の座席位置について便宜をはかるぐらいのことは考えられるかもしれない。