前エントリに続いて、掃除中に発見。
埋めたのは小学校卒業のとき。掘り出すのは20歳の予定だったが、前か後にずれた記憶がある。
ちなみに掘り出しイベントは参加してない。
当時うちの母は、不正確な名前で連絡する人を相手にしなかった。
たとえば私の名前が「義人」と書いてヨシヒトだったとしよう。
「ヨシトさんいますか?」と言われたら
「いや、いません」と答えて終わりである。
「ヨシヒトならおりますが?」と確認する気づかいはなかった。
で、イベントの担当者も名前を間違えていたらしい。当然相手にしなかったので、参加もできなかったと。
まあ、連絡を受けていたら行ったとも限らないのだが……。
埋めたものはというと、誰かが代わりにもらってくれたのかな。
当時はオープンしたいという気持ちが一ミリもなく、道具箱の奥深くにしまわれた。
きょう久々にブツを見つける。このタイミングで開けないと、一生オープンしなさそうだなーというのと、ブログのネタ的に面白かったらありがたいなーと思って、封を切ってみた。
先生(女性)はたしか、当時で50を過ぎていた。私にとってはいい教師ではなかったが、母たちは卒業してからもたびたび先生を囲んで食事をしていたようだ。まあ、親からすると人生の先輩みたいだったのかな。
この勉強については、何も覚えていない。
字の大きさはどうなんだろう。ギリギリ読めるのかな。
といっても、書き起こす意欲はわかないのだが(笑)
先生の言葉というか反応はいたって普通かなと。
カプセルのほうは、母の手紙、自分からの手紙、そして当時の手形が入っていた。
手形にかんしては、思い出の品をひとつ入れるみたいな話だったと思う。
まず母の手紙。
見なきゃよかった。でも長年いっしょに暮してるので、こういうときに自分の思い入れを書いちゃう人なのはわかっている。
次に未来の自分へあてた手紙。
八年後は大学生をしていた。
字はいまも汚い。でも、鉛筆の当時とシャープペンのいまでは、筆跡がまるで違う気がする。
手形。いまと大きさは変わらない。
特にオチもないが、暇つぶしになってよかった。