ヒキタクニオ著『角』(光文社)

主人公の麻起子は、出版社で校閲部に所属している。ある朝、起きてみると、頭にはなんと角が。出版社だけに、同僚にばれたら格好のネタになってしまう。さてどうする、というところから、話が始まる。
全9章立てで、おもに前半で校閲を通じた作家とのやりとり、後半では、周囲の人間や頭上の角とのつきあいが描かれる。
出版社というと、編集にばかり注目が集まって、校閲は日の目を浴びない。そういうセクションを知りたいという単純な興味で読み始めた。
興味を満たしてくれたという点では大満足。しかし、満足したのはそれだけでない。著者は、文中に様々な仕掛けを用意して、読者を試してくる(ように私は思う)。たとえば、こんなところ。

[”リモコンを止める男”清原に心の中で手を合わせた]と保田の小説の中にあった文章を思い出した。それはただただ怠惰になっていく夫婦の話を描いた短編小説だった。麻起子は保田のデビュー当時に書かれたその短編を校閲した。”リモコンを動かす手を止める男”にするか”リモコンを止める男”にするかで保田と小内田は論争していた。(p.286)

チャンネルを回していて、画面に清原が現れたら、変えるのをストップするというのが文意。それを、”リモコンを止める”という記述に留めるのか、正確さを期して”リモコンを動かす手を止める”と説明するのか、という問題だ。
そのそばには、こんな文章がある。

電話が鳴った。保田からかもしれない、麻起子の身体は緊張した。

"保田かもしれない"で十分だろう。しかし、"保田からかもしれない"と、まわりくどく説明している。同一ページだけに、「俺たちは常日頃から、一字一句にまで気を配っているんだ」というアピールではないかと感じた。
頭上の角は、麻起子の感情に応じて、温かくなったり、冷たくなったりする。ゆとりを失い、心の機微を感じられなくなった私たち。角がなりかわって、それを教えてくれる。お見事というしかない。
再読すれば、まだまだ著者がこめた意図が読み取れるのだろう。ブックデザインも考慮に入れた上で、ことしのベスト1としたい(安野さんの漫画を「ただでさえ面白いのに自分の興味のある仕事だから余計面白い」といっているid:pndmさん、いかが)。
下は、低評価だけど参考までに駄犬堂書店による『角』の書評。黒くつぶされているところは、大ネタバレなので、ドラッグしないことを勧める。
http://dakendo.s26.xrea.com/blog/archives/2005/11/20051119_1418.html