重松清雑誌リスト(1995-99年)

  1. 1995年2月号 噂の眞相 噂の眞相 中森明夫のページにて、田村章が「謎の怪人ライター」とされている。
  2. 1996年8月号 早稲田文学 早稲田大学出版部 「二十日草」掲載。のちに書き改められて、『小説現代』1999年6月号に載り、『半パン・デイズ』に収録された。
  3. 1996年12月号 すばる 集英社 「嵐の夜、産院ロビーにて」という、2人目のお子さんの誕生時のことと思われるエッセイ掲載。
  4. 1997年8月号 すばる 集英社 盛田隆二著『ニッポンの狩猟期2008』の書評掲載。
  5. 1997年9月号 小説新潮 新潮社 「私の人生を変えたこの小説」というコーナーに「作家の<私>を信じるなかれ」というタイトルの文章を書いている。庄司薫著『赤頭巾ちゃん気をつけて』についてで、自分が「複数の筆名を持ち種種雑多な文章を書くフリーライター」となるきっかけなどが綴られる。1ページの半分という短い分量ながらも、現在の重松清を知るうえで参考になる。
  6. 1998年1/18号 サンデー毎日 毎日新聞社 池上冬樹が『ナイフ』の書評を書いている。
  7. 1998年2月号 すばる 集英社 盛田隆二が『ナイフ』の書評を書いている。
  8. 1998年5月号 小説宝石 光文社 「現実を小説にする」という朝山実によるインタビュー。『定年ゴジラ』の内容、ライターとしてこれまで生きてきたことなど。「ゴーストの仕事の最年長は八十幾つで。そのときは漢和辞典や類語辞典などを手元に置いてやってましたけれど。/最近やったものでは、日本語が堪能なつもりなんだけれども、よく読むとヘンじゃん、という香港人の本。本人はそのヘンな日本語を正しいと思い込んで胸張って使っているというニュアンスが行間から漂ってくるものです。これは相当おかしかった」という注目発言がある。
  9. 1998年7月号 PLAYBOY日本版 集英社 「シフクの第一歩は、勘違いにあり」というタイトルの文章を執筆。よく文庫の解説とかでも勘違いの話が出てくるし、参考になる。 
  10. 1998年8月号 文藝別冊 '90年代J文学マップ 絶対読みたい現代作家ファイル99人 西口徹編 河出書房新社 茶木則雄による紹介文収録。
  11. 1998年9月号 噂の眞相 噂の眞相 山本周五郎賞について「この作品でとらなくてよかったんじゃないかの声がきこえる重松清」という記述が「文壇事情」にある。
  12. 1998年10月号 噂の眞相 噂の眞相 「芥川賞候補の重松清はゴーストの帝王」(正しくは直木賞候補なのだが、4箇所全て間違っている)。タレント本のゴーストを数多くてがけていることなど。
  13. 1999年1/29号 週刊朝日 朝日新聞社 長薗安浩による『エイジ』の書評が掲載されている。
  14. 1999年2月号 論座 朝日新聞社 「作家・重松清さんはなぜ今も『現役ライター』であり続けるのか」という、朝山実によるインタビュー掲載。作家とライターの違い、1990年ころに年間100本のインタビューをこなしたこと、相手がうまく言葉にできないことを補うという行為などについて。また、郷ひろみ『ダディ』のゴーストが自分だという噂について、否定している。
  15. 1999年2/11号 週刊文春 文藝春秋 川村湊が『エイジ』の書評を書いている。
  16. 1999年3月号 小説新潮 新潮社 第14回坪田譲治文学賞受賞「『ナイフ』の風景」と題したグラビア2ページ掲載。コンビニで雑誌をチェックしたり、少年野球をながめたり。
  17. 1999年5月号(No.181) 鳩よ! マガジンハウス ロング・インタビュー「『それでも人は生きる』場所で」が掲載されている(全6ページ)。『ビフォア ラン』から『エイジ』までの著作紹介とインタビューに加え、茶木則雄による人物評。このインタビューについては『かっぽん屋』の巻末に再録されている。著作紹介では、『私が嫌いな私』のみ本人のコメントで、この本をレア・アイテムに指定し、新装復刊、文庫化、映像化お断り、としてある。インタビューは、ライター人生やこれまでの著作について、幅広く触れられている。
  18. 1999年6月号 鳩よ! マガジンハウス 特集が「YA文学を読もう 『ライ麦畑でつかまえて』から『エイジ』まで」。漫画家の吉野朔美が『エイジ』について書いている。
  19. 1999年6/23号 SPA! 扶桑社 「エッジな人々」に重松清(全4ページ)。山本周五郎賞受賞が発表された直後のもので、構成=田村章のセルフインタビュー。『SPA!』創刊以後みずからが手がけてきた仕事ほか(初仕事は大前研一の本の書評。エッジな人々は「福田和也矢作俊彦」「大槻ケンヂ平井和正」「崔洋一梁石日」などを担当)。1999年6月の時点で「単行本106冊、雑誌原稿は3080本余り」というやたら細かい数字も見られる。
  20. 1999年夏 幻冬舎文庫目録 幻冬舎 「ファイティングポーズで」というショートエッセイ収録。
  21. 1999年7月号 一行情報(「審査員の悪口いいまくり顰蹙」)が掲載されている。また山本周五郎賞を受賞しての発言が「文壇事情」に取り上げられている。
  22. 1999年8月号 噂の眞相 噂の眞相 中森明夫「月刊ナカモリ効果」第32回「重松清という事件」掲載。山本周五郎賞受賞にあたって、これまでを振り返る。また「文壇事情」では、贈呈式での発言が取り上げられている。
  23. 1999年9月号 噂の眞相 噂の眞相 永江朗によるインタビュー。『早稲田文学』、『野性時代』、『女性自身』ときて現在に至るまでを振り返っている。他には、すさまじく長い労働時間と、5台のパソコンを日差しの位置で使い分けていることなど。「81」年に『ビフォア ラン』でデビューという誤植も。
  24. 1999年10月号 噂の眞相 噂の眞相 重松清と担当編集者たちが、噂の真相編集室を見学。
  25. 1999年10/23 どこまでもいこう(映画パンフレット) ユーロスペース 「アキラと光一と二十六年前のぼくと」というエッセイ収録(『セカンド・ライン』41番と同様)。
  26. 1999年11/27付 朝日新聞朝刊 中高生のためのブックサーフィンに「重松清が選ぶ99年『とにかく3冊』」という記事が掲載されている。高見広春著『バトル・ロワイヤル』(太田出版)、『ラブ&ファイト おしゃべりくらぶに届いた“ニコラたち”のホントの言葉』(新潮社)、武田麻弓著『ファイト』(幻冬舎)の3冊について。
  27. 1999年12月号 噂の眞相 噂の眞相 「月刊ナカモリ効果」第36回にて、中森明夫の「90年代を逃げ切った」発言を、重松清は評価してくれたむねが書かれている。
  28. 1999年12月号 ダ・ヴィンチ メディアファクトリー 194ページで、映画『どこまでもいこう』についてエッセイを書いている。また206ページでは篠田節子『寄り道ビアホール』(朝日新聞社)の紹介があり、重松清との対談が収録されていることが書かれている。
  29. 1999年12/22付 朝日新聞朝刊 中高生のためのブックサーフィンに「大好きなアノ人に似合う本を贈る」という一文を執筆。ブックガイドではなく、本をプレゼントするという行為について書いたもの。