沢木耕太郎著、梯久美子解説『流星ひとつ』(新潮文庫、2016/8)

1979年の藤圭子へのインタビュー。ふたりの言葉のみで構成されている。
親本の刊行時は興奮をおぼえた。ついに出るんだなあと。
原稿の存在は、『噂の眞相』1999年11月号で明らかになっている。そこで沢木は世に出さなかった理由を語るとともに、藤との男女関係を否定。ただ、お互いに好意を抱いていたことは認めた。
そんな間柄にあった者のインタビューが、30年以上の時を経て読める……。興奮しないわけがない。
それで実際読んでどうかというと、べらぼうに面白かった。
はじめに断っておくが、彼女についての予備知識は必要ない。私も宇多田ヒカルの母としか知らなかった。
では何が面白いのか。幼少期の彼女は生活保護を受けるほどの貧しさだった。それゆえユニークなエピソードがいくつも生み出されている。このへんは藤圭子だからというよりも、ひとりの困窮した、それでいて暗くはない女の子の話として楽しめる。
やがて上京して人気を獲得するわけだが、彼女のしゃべりがうまいからか、いちいちエピソードが面白いのだ。10代半ばなのに師匠と同部屋で寝ることになったりとか。
スターとなった後は、離婚や自らの声に対する苦悩があり、どんよりと沈んだ感じになる。それもまた、つらさが身に迫ってきて読みごたえがある。
読了して思うのは、本書に会えてよかったなあということ。沢木が先に死んでたら、永久にお蔵入りだったかもしれない。

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後記で記されているが、2004年に刊行された選集『沢木耕太郎ノンフィクション8 ミッドナイト・エクスプレス』で、本書の存在に触れている。正確にいうと、沢木と藤の初対面シーンが選集でピックアップされている。両者を見比べると、たとえば選集で「アエロ・フロート」となっていたものが「アエロフロート」にしてあったりとか、そういう微細な表現の修正は2-30箇所見つかった。
一方、微細ではあるものの事実に手を入れている箇所も……。たとえば選集で(沢木が)「日本を出発するとき、千五百ドルしかなかったからね」となっていた部分が、本書では「二千ドル弱」に直されている。
あと面白かったのがここ。
選集「じいさんがひとりいて、大きな籠を前にして坐っているんだよね」
本書「じいさんがひとりいて、大きなザルを前にして立っているんだよね」
じいさん、立ち上がった!