和久井光司著『放送禁止歌手山平和彦の生涯』(河出書房新社、2012/4)

山平のことは名前すら知らなかった。以前、早稲田で森達也のドキュメンタリーをまとめて上映する機会があった。山平が登場する「放送禁止歌」もやったのだが、時間の都合で見られなかった。そう思っていた。
だが過去のブログをたどると、実は見ていることが判明。おそろしき記憶の捏造だ。

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本書はタイトルのとおり山平の生涯をつづったもの。彼はひき逃げにより2004年に死亡しているので、資料や周囲の証言からひもといていく形になっている。
山平に興味がなくとも、文章は読みやすかった。彼を題材とする経緯など、著者の動きをもって話が進められるからだ。
しかし、100ページほど読んだところで疑問が生じた。貴重な証言の数々というだけにとどまらない普遍性を獲得できてるのかな、と。
杞憂だった。上記のように著者の動きは書かれるものの、著者自身が出てこないというか……。あれやこれや山平を評することがなく、取材者に徹している感がある。終章の締めで、著者は山平の息子の発言を引いたあと、こう書いている。「もはや私がつけ加えるべきことなど、何もない」
話が前後するが、その手前、息子が主なき家に帰ったときを回想する部分は、まるで小説のようなシチュエーションで感動的だった。