われ、姑息な年寄りに敗北す

10日ほどまえになるだろうか。銚子へいくために乗った横須賀線での出来事だ。
車内は、大船を出た時点で空席がなく、立っている人がちらほら。私は徹夜明けだったので、さっさと席を確保して寝るべく、制服姿の女の子のまえに立つ。たぶん近距離で降りるだろうから。そこはロングシートの端であった。
東戸塚に到着。徐々に混んできて、肩が触れ合う程度になった。先ほど、ロングシートの端と書いたが、そこには縦のバーがある。それを、この駅から乗ってきたおっさんがつかんだ。芸能人でいうなら、高田文夫似の男だった。
ただバーをつかんだだけなら、blogに書くようなことは何もない。しかし、おっさんはバーにつかまりつつ、女の子とそのまえに立つ私の間――あるかないかのスペース――に体をねじこんできた。
どういうことか。私と女の子の間に入ったということは、女の子が立ったら、こいつが座ってしまうのである。つまり、横入りをねらっているらしい。でも、もしかしたら眠くてふらついているだけとも考えられる。確認が必要だ。
私は「あんた邪魔だよ」といった感じで、軽く衝撃を与えてみた。おっさんは動じない。
これにより、完璧に横取り目的だと確信した。「おっと、すいません」的な動きがまったくないからだ。
さてどうしよう。私は考える。それは自分が座る方策を、ではない。おっさんに座らせておき、どんなふうにその卑怯さを攻め立てるかだ。

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わずかなところに割り込むのだから、当然、おっさんの体は女の子の足にぶつかる。何度もだ。彼女はとても迷惑そうな顔をしていた。

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横浜で彼女が降りる。おっさん、さっきまでのふらつきはどこへやら。案の定、座りやがった。闘争の始まりだ。
「ずるっ」軽く一発、相手に向けて発する。
「ずるっ」もう一発。
やつはどうしたか。視線でもって、自分は横から入って座ったんだと正当性をアピールするかのようだ。
「ずるっ」私はなおも口撃を続ける。
「ずるっ。ずるっ。ずるっ」
なおこれらは、おっさんにしか聞こえないようなボリュームの声である。別にわめきたいのではないから。そうではなくて、おっさんの心を安らかならぬ状態にしたいのだ。

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おっさん、目を閉じた。寝入ろうとするかのようだが、ちかちかと目を開けて様子をうかがっている。そのうち、完全に目を閉じた。
ここで次なる一手を繰り出す。私、文庫本を読んでいたのだが、それをおっさんの目の真ん前まで持っていって読む。これは相当なプレッシャーだろう。おっさんは、再び目をぱちくりさせ始めた。

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さて、文庫本をおっさんの眼前にやりつつも、最後のアクションを考えておかねばならない。私がこの電車の終点千葉までいく以上、先に降りるのはおっさんだからだ。そのときに何をするか。
ひとつ、ふたつで降りたなら、「ずるおじさん、もう降りちゃうんだ」といってやろうと思った。ほんの数駅のために、せこいことするんだね、という意味をこめて。
だけど、新川崎、西大井では降りなかった。作戦を変える。前にぴっちりと立って、降りるのをブロックすることにした。
おっさん、品川で立ち上がった。密着マークする私。

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ここからは少し恥ずかしい話だ。相手ではなく私が。
マークをすぐにはずされてしまったのだ。それのみならず、おっさんに向かって、「あやまれ!」といってしまったのだ、大声で。
いままでねちっこくやってきたというのに、自分を抑えられなかった。おっさんは当然あやまるわけもなく、電車を降りる。
「おいっ、待て!」と私は追いかける。
周囲の注目がいくらか集まる。最後まであやまらないおっさんに、私は「きょうのおまえには、絶対に不幸が起こるからな」と捨てゼリフを吐いた。

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これが、暴力行動に至らなかったのは、その後の面倒を考えたからではない。網棚にかばんを置きっぱなしで、発車されたらとても困ってしまうからだ。
私の意識を闘争から小旅行へと引き戻してくれたかばんよ、ありがとう。

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眠いというのに、結局座れたのは、馬喰町であった。興奮していただろうに、すぐ寝られたのが意外だ。
「老獪」なんていう言葉があるけど、こういうせこいことをするのは、いつだって年寄りだ。若者はなあ、堂々と迷惑かけてるぞ!