私怨

その日のアルバイトは、普段プロ野球公式戦をやらない地方球場。そこで駐車場を警備する仕事だった。
仕事の配置をいわれたのは当日。ぶっちゃけ、球場の外よりも場内のほうがいい。試合が目に入るし。
だけど、私はがんばったさ。警備灯を持つことなんかめったにないし、というか最初で最後かもしれないから、いい経験ができればなと思って。
私が就いたのは、駐車場のなかでも、関係者専用のところだった。ううむ、いい車がいっぱい停まっている。
仕事が始まってすぐ、50代と見える現場担当らしきおじちゃんがやってきた。
「向こうのほうに、ちょっと(仕事に)不慣れな様子の人がいるから、私のほうでも見てるけど、きみも確認しといてね」
この業者で仕事するのはきょうが初である。したがって、どう考えても、私のほうが不慣れなはずだ。まあ、その人物は遠くにいて見ることができないので、頭の片隅に置いといた。
途中で役割がかわる。駐車場の出入口で、運転手に向かって「関係者の方ですか?」と確認する仕事だ。もうひとり、もともとその場所に就いていた人(Mr.オクレ似、さっきの「不慣れな人物」)とペアになる。
ここで、関係者じゃない人には地図を渡し、別の駐車場を案内する。
最初は律儀に車を止めて、1台1台案内していたのだが、どんどん車がたまってしまう。大混乱である。私はオクレに、
「聞いてきた車にだけ、紙を渡せばいいんじゃない?」
と提案した。丁寧に案内できればそれにこしたことはないけど、事故が起きてしまったらどうしようもない。そう問いかけると、オクレはこういった。
「だってあの車、(駐車場にたどりつけずに)もう何周もしてる」
こういわれると私は、「ああ、そうなんだ」とうなずくことしかできない。初仕事だったからである。本当はもっと強制すべきだったけど、いきなりでしゃばるわけにはいかない。
試合開始が近づくにつれ、車の台数は増え、混乱はますますひどくなる。
そのうち、状況を目にしたお客さんが「おい、しっかりやれよ。安全第一だろ」とクレームをつけてきた。当然である。しかも写真まで撮ってきた。いったい、オクレひとりのために、私たちはどんなおしかりを受けるのだろうか。そんなことを思う。
その後もしばらく混乱は続く。私はひたすら警備灯を振って、スムーズに車が流れるように誘導。一方のオクレ、まるでヒッチハイクでもするかのように、地図を車のほうに差し出す。
そのうち、私も我慢できなくなった。
「聞いてきた車だけでいいって」
「何度もぐるぐる回るほうが問題だと思う」
私は痛感した。本当にだめな人間というのは、自分に非があることを認めたがらないのだな、と。
そのうち、明らかにオクレが混乱を招いていると判断したのだろう、チーフの人が、オクレを別のポジションへ動かした。2人が1人なって、普通は大変になるところだが、そんなことはまったくなし。さっきの混乱はどこへやら、本当に何事もなく車が流れる。
そんなあるとき、ほかに仕事のないオクレが戻ってきて2人体制に。
しかし、まったくやる気のないオクレ(もともとだけど)。警備灯のストラップに指をかけて、振り回す。おいおい、それはヌンチャクじゃねえってえの。ぴしっとその場に立っていることもできず、あっちへふらふら、こっちへふらふら。全然いる意味がないし。
私はオクレの後ろで、チーフとふたり、いったいあいつはどうしたものだろうと苦笑する。結局その事態は、一応無事に収束した。地図の枚数が途中で不足し、オクレがヒッチハイクできなくなったからである。怪我の功名とでもいうべきか。
試合が終わり、球場周りの柵を片付けていると、「FULLCASTの人は、あがっていいですよ」と声がかかる。へえ、派遣バイトの人もいたんだと思って、あがる人込みを見ると、オクレの姿が。
こいつは、わざわざ派遣でやってきて何をしたのだろうか。ただの給料泥棒としか思えない。
もっと腹が立つのはFULLCASTだ。なんでこんなやつを働かせておくんだ。研修や教育をしたかけらも見られないじゃねえか。
と、2ヶ月以上前のことなのに、怒りの炎はまだ燃え上がっている。