21世紀の書店

最初に感想。とても面白くて、知ってためになる話ばかりだった。これが無料というのはおいしい。
見出しにしたタイトルで、本日15:00から2時間半にわたり、早稲田大学34号館452教室にて、第一文学部文芸専修秋季課外講演会。この教室は横が6、5、3の3ブロック計14列、縦に10列ぐらいで、140人ぐらい入れるようだ。私がいった時点ではぽつぽつとしか人がいなかったけど、始まる前には80人ほどになっていたと思う。客はほぼすべて学生。文芸専修では、年に2回、ゲストを招いてこういう講演をやっているという。
本日のゲストは3人。客側からみて左から、出版ジャーナリストの永江朗さん、ブックファースト渋谷店副店長の木川浩一さん、往来堂書店店長の笈入(おいいりおいり*1)健志さん。
最初に主催者側の青山南さんと、あともう一人(私でも顔を知っているぐらいだから、けっこう名の知れた方だと思うけど)があいさつと各人の略歴。
永江さんについては、『インタビュー術』(講談社現代新書)、『<不良>のための文章術 書いてお金を稼ぐには』(NHKブックス)、『批評の事情 不良のための論壇案内』(ちくま文庫)を紹介した上で、きょうの肩書きをどうするか永江さんに相談したら、こういう講演ということもあって、出版ジャーナリストということになったというお話。
木川さんは、紀伊国屋書店、リブロなどを経て、ブックファーストへ。渋谷店の前には青葉台店の開業にも携わり、もうこの業界で30年ぐらいやってきた、小宮山悟斎藤雅樹をあわせたような顔の人。あとのふたりがラフな格好なのに対して、スーツ姿。
笈入さんは、早稲田大学商学部卒。新卒で旭屋書店(池袋店)へ。最初は人文書担当を1年半、次に文芸書の棚を4年ぐらいやったあと、主任になって部下を持ち、文庫本と新書も担当。その後転じて、20坪という(ジュンク堂池袋店のわずか100分の1の)面積しかない往来堂書店を始めた。まだ34歳という若さ。
最初は永江さんがひとりで、出版社、書店、取次システム、委託販売、再販制度新古書店セレクトショップ的本屋など、今の本屋やそれにまつわることを説明。その後、あとのふたりも交えてディスカッションに移るわけだけど、話題の多くは、大規模書店であるブックファースト、それに対抗する形での小さい書店往来堂という図式で進む。
笈入「きょう久しぶりに早稲田の町にきて、本キャン(今日の会場で、文学部のある戸山キャンパスではなく、西早稲田キャンパスのこと。徒歩5、6分)のほうでご飯食べました。この辺だと、僕も34になって、食べるのがちょっとつらくなってきましたけど、油っこい、学生のニーズにあった定食が、700円とかで食べられます。学生街だとまだそういう店が多いから、みなさんわからないかもしれませんけど、そういうところでもなければ、ほとんどチェーン店ばっかりなんですね。似たようなことが書店業界にもいえて、町の本屋だと、この地域の人はこういう本が好きだというのがわかる。だけど、大書店にそれがわかるのだろうか?」
笈入「中途半端に棚を作っても、大書店にはかないません。それで、文脈棚というのをやっています。核となる本をベースにして、それに関連したテーマの本を置いて棚にするわけです。これは2、3ヶ月様子を見て、売れなかったらすぐに入れ替えます。具体的には、賛否両論ありますけど、『13歳のハローワーク』(幻冬舎)を中心に、フリーターを扱ったもの、こういうのは新書に多いですけど、大書店だと新書のコーナーにしか置いてませんよね。あとは起業をした人のエッセイなんかもその棚に置いてます。こんなふうにすることによって、人間くさいたなができますね」
木川「ブックファーストっていうのは、実は阪急電鉄がやってます。最初のころは東京ではなくて、向こうのほうで沿線に店を出してたんですけど、いきなりこっちで渋谷店をぱっと作るんですね。当時は出版社も取次も協力してくれなくて、棚も本当に恥ずかしい限りでした。協力してくれなかったから、取次も大手ではなくて、大阪屋なんですけどね」
木川「ブックファーストは、常に前向きで挑戦的でありたいと思ってます。8ヶ月に1回ぐらいは必ず一部、あるいは全体ということもありますけど、リニューアルしますね。現在34店舗ですけど、大手でありながら、地域に密着した商品構成になるようにしています。リブロも挑戦的だったんですけど、ブックファーストでも、お客さんに本を選んでもらうと同時に、こちらから提案していくということもやっています」
大書店がどんどん進出し、小さな書店は厳しくなる一方?
笈入「むしろ、大きな書店同士の争いなんじゃないですかね。なぜかというと、大書店というのは、1年に1冊しか売れないような本も置くから、棚の効率だけでいえば、非常に悪いですから。東京にひとつ、ふたつならいいけど、10とか20になって大丈夫なのかな」
木川「売れているものを認識するだけでも、書店っていうのはやっていけるんですけど、それにプラスしてお客さんに提案していくようなものが欲しいと思ってます」
木川「新宿2店と自由が丘は、実はABC(青山ブックセンター)のデベロッパーからの要請で、うちがやらせてもらえました。自由が丘店もそうですけど、大型店ということにこだわってはいません」
笈入「青山ブックセンターには、<ABCで本を買うという自分>を消費するというようなブランドイメージってありますよね。本屋はブランド化したところで、値段が決まっちゃってるから、別に儲からない。だから、(ABCは例外だけど)あまりブランドって育たないのかなと思います」
永江「入場料取るとかしたら、ブランドってできるかもしれませんけどね。実はABCがつぶれかかったとき、ライブドアが買おうとしてたんです。ただし、ある条件付で。それは、社員全員解雇。要するにブランドイメージが欲しかっただけなんですね」
ここで、店員が持っている知識とかも含めてのABCというブランドなんだという発言があった(発言主失念)。
木川「八重洲ブックセンターやうち(ブックファースト)、あとこのへんだと、あゆみブックスなんかも異業種からの進出ですね。なぜ書店をやるかというと、イメージアップも兼ねてます」
棚の編集について
笈入「大書店は放っておいても配本があるから、それを棚に収めていくだけでいい。けど、うちみたいなところは、お客さんに反応がありそうな本を調べ、それを注文するところから始めなければいけない」
木川「うちの会社は、どっかしらの書店でアルバイトをしたことのある社員ばかり。だけど、棚の編集経験はない。そういう店員を大規模店で育て、新しい店で起用していく。たしかに笈入さんのいうようなデメリットはあると思います。かっては大書店でも注文する形式だったのでわかりますが」
永江「本を売る側はどれだけ本を読むの?」
笈入「ざっと目を通すだけのもので20冊ぐらい。通読するのは週に2冊ぐらいですね。売る側は読まなくていいという人がいますけど、僕はそれは違いと思います」
木川「この質問は、絶対出るだろうなと思った。というのは、永江さんが最近出した『恥ずかしい読書』(ポプラ社)に、本を読まない本屋はだめだってあるから。朝は読む気になるんですけど、夜は飲んでるからあまり読めません」
永江「本の利益配分で、書店の取り分はもっとふえたらいいですよね」
笈入「それはそうですよね。出版社の人間に既得権があるから、変わろうとしないんです」
木川「私はずっと書店やってるから貧乏なんです。だけど、生活には困らないし、これでしか生活できないからやってますけど」
笈入「というけど、実は私たちだって(給料の安い)フリーターにパラサイトしてるんですよね。そんな状況なんだから、もっと書店は儲からなくちゃいけない」
爆発的なヒットは、たいてい予測していないところから生まれる
木川「読者に提案し、読者がそれにのってきてくれればヒットする」
笈入「ポップは手書き風であることが大事。(機械的な)文字ばかりの空間の中で、手書きは異質だから」
木川さんによると、昭和堂書店と新潮社の編集者がタッグを組んで、ヒットを生み出したということがあったんだけど、そのふたりが結婚したという後日譚があるそうだ。(参照id:Tomorou:20040219)
客からの質問コーナー
客「立ち読みはどう思うか?」
笈入「本を痛めなければ、読者の裾野を広げる意味でもいいと思います。座りながら読んだり、あまりにも手垢がつきそうな場合は、注意してます」
木川「大手ではにぎわっているように見せたいから、むしろ歓迎です。もちろん本を傷めるのは困りますけど」
客「文脈棚についての話がありましたけど、売れる本と面白い本とでは、棚作りが違ってくるんじゃないですか?」
笈入「鋭い指摘ですね。売れる値段帯の本を多く、面白いけど値段が高いというような本は棚に1冊、というようにしています」
こんな感じで17:30を少し過ぎて終了。冬のこの時期に、2時間半もトイレにいかずに聞き続けるのは辛い人もいる。そんなこともあってか、永江さんが途中で、トイレにいきたい方はいってくれていいです、と気遣う言葉もあった。

*1:2009年3/24訂正。