鷺沢萠著『ビューティフル・ネーム』(新潮社)

著者自殺にもかかわらず、ほとんど話題になっていないけど、なかなかなものだった。まず本書の構成を説明したい。
この本は、「名前」をテーマにした三つの短編からなるはずだった。そのうちの一つ目が、『新潮』2月号初出の「眼鏡越しの空」。二つ目が『New History 人の物語』として刊行されたオムニバス本の一編「故郷の春」。この二つは既に発表されているものなので、当然完成済みだ。そして最後の一編となるはずだったものが、未完成に終わった。それは二通りの書き始めが収録されていて、一つが「ぴょんきち」。もう一つが「チュン子」というタイトル。そしてこれらの名前をテーマとしたものとは別に、「春の居場所」という未完成の作品が、まあいわばおまけで収録されている。
まず一編目の「眼鏡越しの空」について。主人公は、在日韓国人の崔奈蘭(さいならん)。中学高校時代は通名として前川奈緒を名乗っていた。そんな折に、電車内でチマチョゴリのスカートを切られるという事件が起きる。その時にある友人は「あんなの着てるほうがわるいよね」と発言。その友人に対して、奈蘭は大学に進学する際に、自分が在日韓国人であることを明らかにする。そこからのストーリーが見もの。作者の誠実さが伝わる。
二編目は、書き方に注目。主人公がインタビューを受けているかのような形式で、生まれてから今まで在日韓国人としてやってきたなかでのエピソードを語る。
そして三編目だが、同一のストーリーが、「ぴょんきち」のほうでは、一編目と同じ、普通の形式。「チュン子」のほうでは二編目で用いられたインタビューに答えるかのような形式がとられている。話については、未完なのでなんともいいようがない。だけど、こうして執筆途上の二つの形式を見られるというのは、意義あることだと思う。
最後の「春の居場所」については王道的青春小説といえばいいのだろうか。こちらも未完なので、なんともいいがたい。
何がいいたいのかわからなくなってきたけど、買って損はしない。著者の自殺を機に一儲けという考えを持った人はいるのかもしれないけど、十分に内容が伴った一冊になっている。